医師の残業時間の法律どう変わる?労働時間の上限と請求できる残業代

休日出勤や当直、オンコール対応に追われる医師は、残業代が長くなってしまう職業のひとつです。
医師という職業の特性上、一般のサラリーマンとは規定も異なっており、残業代の上限が定められていませんでした。
しかし2024年4月1日以降は法律が施行され、医師の残業時間にも上限が設けられるようになります。
〈この記事を読んでわかる内容〉
- 医師の平均労働時間の現状
- 医師の残業時間の上限とは
- 残業代を請求できるケース
- 残業代を減らすには
医師自身が健康を維持し、よりよい医療を提供していくために、残業時間の新しい規定について確認しておきましょう。
医師の平均労働時間
医師は人の健康を守る仕事で、緊急時の対応を迫られれば時間は関係ありません。
会社勤めのサラリーマンに比べると、残業時間は長くなる傾向にあり、労働時間が長時間になるのも珍しくありません。
実際の医師の労働時間は、以下のようになります。
労働時間 | 割合 |
---|---|
週40時間未満 | 13.7% |
週40~50時間 | 22.3% |
週50~60時間 | 26.3% |
週60~70時間 | 18.9% |
週70~80時間 | 10.4% |
週80~90時間 | 5.0% |
週90~100時間 | 2.3% |
週100時間以上 | 1.2% |
参照:厚生労働省「令和元年 医師の勤務実態調査」(令和元年9月2日~8日実施)
病院勤務医の「26.3%」が「週50~60時間」の労働をしており、「22.3%」が「週40~50時間」となっています。
過労死ラインは「週80時間」ともいわれていますので、医師は健康を害するほどの激務であるということがわかります。
医師の残業時間が増えてしまう理由
一般の人にとっても「医師は労働時間が長い」というイメージがあります。
なぜ医師は過労死ラインといわれるほどの残業時間となってしまうのでしょうか。
- 医師という職業の性質上
- 応召義務がある
- 残業が当たり前の風潮
- 診療以外の業務
医師という職業の性質上
医師という職業の性質は、厚生労働省によって以下の4つの性質があると記されています。
公共性 | 医師に国民の命を守る義務があるとするもの |
不確実性 | 疾病の発生や症状の変化が予見不可能であるとするもの |
高度の専門性 | 医師の養成には約10年の長期を要し、業務独占とされている |
技術革新性と水準向上性 | 常に知識・手技の向上が必要となる |
このような医師の職業としての性質上、残業が多くなってしまうと考えられます。
応召義務がある
応召義務とは、医師法第19条によりこのように規定されています。
医師法(昭和23年法律第201号)(抄) 第19条 診療に従事する医師は、診察治療の要求があった場合には、正当な事由がなければ、これを 拒んではならない。
このように医師は患者が診察を希望していれば、断れません。
要求に応じていると残業が続いてしまうのは、当然の流れと言えるでしょう。
残業が当たり前の風潮
医師は医療のプロフェッショナルであり、多少の残業はあって当たり前という風潮があります。
また病院と医師で「36(サブロク)協定」という、長時間残業を前提として協定が締結されているケースも多いです。
多くの業種で働き方改革が叫ばれていますので、医師の働き方についても考えていかなければいけない時代に差し掛かってきていますが、現場の実態についてはアンケート調査の通りということになります。
診療以外の業務
医師は患者を診察する以外にも、多くの業務を抱えています。
- 院内の委員会活動
- 会議
- 深夜の当直
- レセプトの作成
- 診断書などの書類の作成
- スタッフの教育・始動
- 自身の医療向上のための勉強
特に深夜の当直業務は、急患が運ばれてきたり、入院患者の容体が急変したりと、予測できない事態への対応を迫られるケースもあります。
当直で疲弊しきった状態でありながら、翌日診察があり休めないという日もあるでしょう。
外科医であれば、執刀時間が長時間になり休みがとれないというケースも珍しくありません。
会議や学会に出席したり、診断書などの書類の作成があったり、最前線で活躍している医師ほど、業務に追われやすい可能性があります。
医師の残業時間の法律改訂(2024.4.1以降)
現状、2024年3月30日までは医師の残業時間に、法律上の上限はありません。
しかし、医師の長時間労働の実態を経て、2024年4月1日以降は「良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を推進するための医療法等の一部を改正する法律」により、上限の規定が定められます。
一般的な残業規定と同様に「月45時間、年360時間」となります。
医師の職業の特性上、特例措置が設けられていますので内容を確認しておきましょう。
- 公布日・施行日
- 月45時間超の上限なし
- 複数付き平均80時間以内の規制なし
- 月100時間超が許される
- 年間上限時間の水準
公布日・施行日
良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を推進するための医療法等の一部を改正する法律の公布日・施行日はこちらです。
公布日 | 2021年5月28日 |
施行日 | 2024年4月1日 |
これらの法律を遵守しなければいけませんので、各医療機関は変化を余儀なくされます。これまで長期間、当たり前とされてきた風習を改革するので、現場の理解を得るところから始める必要があるでしょう。
参照:厚生労働省「良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を推進するための医療法等の一部を改正する法律案の閣議決定について」
月45時間超の上限なし
一般的な規則では、残業は「月45時間」を超える月は「年6回」までとされています。
しかし医師の場合は「月45時間」を超える月の上限はありません。
医師はその業務上、緊急処置が必要になったり、受け持ちの患者さんの状況で手が離せなくなる状況も考えうるからです。
複数付き平均80時間以内の規制なし
一般的な規則では、残業月45時間を超える場合は「月100時間未満」であり、なおかつ「2~6ヶ月の平均が80時間以内」という規制があります。
一方、医師の場合はこの「平均80時間以内」という規制はなしとされています。
こちらも医師という職種の特性上、残業時間の調整が困難であるための配慮だとされています。
月100時間超が許される
一般的な規則では、いかなる臨時業務があろうとも月100時間超えの残業は認められません。
一方、医師の場合は面接指導を受ければ、「月100時間超えの残業」が認められるようになります。
ただし連続業務は「28時間」まで、勤務の後は「9時間のインターバル」を確保するといった規則があります。
年間上限時間の水準
2024年4月1日以降、医師の残業時間の規定が変更になりますが、医師の特例には細かくこのような水準があります。
上限時間/年 | 面接指導 | 休息時間の確保 | |
---|---|---|---|
A水準(一般労働者と同程度) | 960時間 | 義務 | 努力義務 |
連携B (医師を派遣する病院) | 1,860時間 | 義務 | 義務 |
B (救急医療等) | 1,860時間 | 義務 | 義務 |
C-1 (臨床・専門研修) | 1,860時間 | 義務 | 義務 |
C-2 (高度技能の修得研修) | 1,860時間 | 義務 | 義務 |
参照:厚生労働省「良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を推進するための医療法等の一部を改正する法律」
医師の属性により水準が異なり、「A水準」であれば、休日労働や時間外労働を含む年間の時間外労働の上限時間が「960時間まで」となります。
「B水準」と「C水準」の場合、年間の時間外労働の上限時間は「1,860時間」となっており、こちらも休日労働や時間外労働が含まれています。
医師でも残業代を請求できる
これだけの残業や時間外労働をしている医師なので、残業代はきちんと請求しなくてはいけません。
中には残業代を請求できないと言われているケースもあるようですが、残業代を払わないのは違法な可能性があります。
これらの給与形態での医師の残業代請求について、ご説明します。
- 年俸制
- 固定残業代制
- 管理職・管理監督者
年俸制
事前に決められた年俸に基づき、毎月一定額を受け取っている年俸制の医師でも残業代を受け取れます。
年俸制の医師であっても、使用者と労働者の労働契約関係には労働基準法が適用されているためです。
- 明確に年俸に残業代が含まれている
- 基本給と残業代の区別が明確である
上記の条件を満たしていれば、年俸の一部を残業代としてすでに受け取っています。
この条件を満たしていない状態であれば、残業代が支払われていないと言えます。
「年俸制だから残業代が出ない」というだけの説明を受けているのであれば間違いの可能性があり、残業代を請求できるようになるかもしれません。
まずは基本給と残業代の区別がついているか、確認してください。
固定残業代制
残業代とは一般的に所定労働時間を超過した分の労働に対して支払われるものですが、固定残業制は予め給与や年俸に残業代が含まれているものとなります。
拘束が長くなるという懸念がありますが、例え残業をしていなくても固定残業代は支払われます。
固定残業代の場合は、こちらの区分が明らかになっているかを確認してください。
- 通常の労働時間に対する賃金
- 時間外労働等の割増賃金
例えば「給与70万円(固定残業代を含む)」という書き方ではなく、「給与70万円(固定残業代〇万円を含む)」というように、基本給と残業代の区別がついているかがポイントとなります。
病院側は、固定残業代を超過した残業代を支払わなければなりません。
管理職・管理監督者
病院内で「スタッフの管理は当たり前」「役職がついている」という理由で、残業代が支払われないケースがあるようですが、それは間違いです。
確かに「管理監督者」であれば残業代を支払わなくても問題ありませんが、医師は管理監督者ではありません。
このような条件を満たすようであれば、管理監督者となります。
- 病院の経営に関与できる立場である
- 病院職員採用の権限を持っている
- すでに高い待遇を受けている
- 出退勤の時間は自由
勤務医であれば、多くの場合でこのような条件を満たさないので、管理監督者とはならないはずですから、このような場合は残業代の請求が可能です。
残業時間60時間超の割増率
月60時間を超えた残業に対しては「50%以上の割増率」で賃金を支払わなければいけません。
2023年4月以降より、医療業界に限らず全ての企業が対象となっています。
そのため「月60時間以上」の残業をしているようであれば、残業代の計算方法も変わってきますので、正しく支払われているか確認しましょう。
医師の残業を減らすには
「医師は公共事業で残業は当たり前」と考えず、より良い働き方ができるように残業を減らせるような働きかけをしていきましょう。
患者の健康を守る前に、医師や看護師の健康を確保していかなくてはいけません。
残業を減らすための働きかけとして、このような方法を試してみましょう。
- 病院に業務改善を依頼する
- 地方公務員として勤務する
- 残業の少ない病院に転職する
病院に業務改善を依頼する
まずは勤務先である病院に、業務改善を依頼するというのがひとつの方法です。
しかしただ要求を出すだけでは通りにくいので、業務効率化の提案ができると理想的です。マニュアル化できるものはないか、地域病院との連携がとれないか、等を検討してみましょう。
地域病院との連携がとれれば、同じ検査を繰り返す必要がなくなり、無駄がなくなるので患者にとってもメリットとなるでしょう。
医師や看護師が疲弊した状態では、医療に不可欠な判断力や行動力が鈍ってしまう可能性もあります。
簡略化できる業務を改善し、働き方改革をして、より高度な医療を提供できる環境を整えていきましょう。
地方公務員として勤務する
大学病院のように最前線で医療に携わっていると、労働時間の改善にも限界があるかもしれません。
労働時間の上限に関する規則が厳しい地方公務員医師として、勤務先を変えるのも手段のひとつとなるでしょう。
都道府県立病院や市立病院、警察医として県警に勤める医師もいます。
地域ごとの差はありますが、国家公務員と同等の水準で「時間外労働の上限」が決められています。
残業の少ない病院に転職する
現在の病院の体制に疑問を持っているのであれば、残業が少ない病院へ転職するという方法もあります。
救急外来や時間外外来がある、入院を受け入れている、さらにその病床数が多い病院は、労働時間が長くなってしまう傾向にあります。
- 皮膚科
- 精神科
- リハビリテーション病棟
- 慢性期病棟
このように急患が少ない、業務の内容の予定が立てやすい科であれば、残業は少なくなると考えられるでしょう。
医師も働き方改革を
医師が残業をするのが当たり前という時代は終わりました。救急や産婦人科などは、特に緊急の対応が必要な場合が多く、昼夜を問わず激務になってしまうかもしれません。
しかし医師自身も健康を確保し、医療の質や安全が高い状態で保たれていくべきです。
医療業界も働き方改革が必要な時代であり、今後の若者にとって医療を目指したいという環境が整えられていくようになるでしょう。